十字軍はIT革命に似ているかな。
新天地を求めて、アウトローとエスタブリッシュとがワーワーと集まって、欺瞞や欲望に塗りつぶされて、ごちゃまぜになって破壊を撒き散らして、最後は結局それぞれのルーツに収斂していく。
巡礼の旅の結末は、結局は故郷なのだ。
古里、家族、血、自らの過去。
向き合うことでしか先へは進めないと悟る過程として外爆発があるのかもしれない。
十字軍はIT革命に似ているかな。
新天地を求めて、アウトローとエスタブリッシュとがワーワーと集まって、欺瞞や欲望に塗りつぶされて、ごちゃまぜになって破壊を撒き散らして、最後は結局それぞれのルーツに収斂していく。
巡礼の旅の結末は、結局は故郷なのだ。
古里、家族、血、自らの過去。
向き合うことでしか先へは進めないと悟る過程として外爆発があるのかもしれない。
押井守の模倣者であることを自己に課すことで、
自らと自らの作品がスタンドアローンコンプレックスであるという虚構を作り出した神山健二の「攻殻」第三弾。
90分の映画尺で、構成も劇場版を模しつつ、
押井の攻殻とイノセンスと原作とをデータベースにしたシミュラークル。
エンドロールの「監督 神山健二」の文字が控えめなネタばらしになっているという小賢しい構成。
話はよくまとっているが、何も残らない。
展開にも、映像にも、カタルシスは無い。
ケビン・レイノルズの仮説、訂正。
モチーフは復讐ではなく、到達点としての復讐。
彼方の目標。真理。定点。暴かれえぬ秘密の計画。
達成そのものではなく、達成を夢見る過程。
映画はマッドマックスの海上版。
キリストが処刑される前の12時間を描いた映画。ゴダールじゃないほう。
全編アラム語とラテン語という台本がえもいわれぬ臨場感を高める。
初めに言葉があり、言葉は神であった。
序盤悪魔と対話するイエスが、弱音を吐き苦悩するシーンで期待が膨らんだが、最後は聖人的に敵の赦しを請う。
クリスチャンではないけど、こみ上げてくる涙はあった。
役者の顔に負けた。モンテクリストに出てた人。
理不尽なことで死罪へと追いやられる人の一般的な悲劇として観るが正しいか。
キリスト教徒のメンタリティはそういう物なのかもしれない。
ソ連侵攻下のアフガン。
村を焼き部族の首長を残酷に処刑したソ連軍戦車隊が荒野で迷う。
復讐に燃えるゲリラが徒歩で荒野を追跡する。
ケビン・レイノルズのメインモチーフは「復讐」なのではないかと仮説を立てる。
復讐と慈悲の境界。
復讐に己の身を燃やす人にとって、慈悲は即自分自身への許しになる。
映画自体は地獄の黙示録、アラビアのロレンス、Uボート、その他戦車映画(?)の轍の先を淡々と歩む。静かでおどろおどろしい雰囲気は楽しい。
ストーリーは予定調和的に戦車の破壊へと進行する。
カタルシスはむしろ顔面を血に染めた部族の女のカット。
戦車の死という去勢で、男の復讐は終わっている。