もしくは「コヤニスカッツィ」。
「伝説のカルト・ムービー『カッツィ』シリーズ第1弾。映像と音楽で語る文明ドキュメンタリー。」商品の宣伝文句にはこうある。
しかし、この映画をアートとかBGVとかカルトとか称すのは、的外れだと思う。
この映画には演出があり、ストーリーがあり、メッセージがあり、時代性と歴史性が刻み込まれている。
つまり、正統派の「映画」だった。
一見シンプルに、BGMを背景に風景や街並みが映し出されているだけだけれども、映画として周到に演出され、巧妙に編集されている。
宇宙ロケットや摩天楼などは、急成長する文明の象徴だけれども、我々がこの映画でそれらのモチーフを目にするとき、同時に廃墟のイメージを予感させられる。
ソーセージ工場とニューヨークの人並み、IC基盤と現代都市のような一目瞭然のアナロジーだけではなく、絶妙なモンタージュで、映し出されている以上のことを語りかけてくる。
終始一貫、「高速度撮影(スローモーション)」と「微速度撮影(早回し)」で日常的な風景を異化し、人類文明の持つ本質を描き出していく。
都市は人間の脳だといった誰かの言葉を思い出し、人類の文明的な営みは、マクロ的な視点から観察すると、結局はただの光の信号に過ぎないという事実を思い知らされる。
そういえば若い頃、水滸伝を読破しようと決意したが、あまりの冗長さに挫折したのを思い出す。
西洋の伝統的な作劇法に馴れすぎて、その独特のドラマ構成にカルチャーショック。
起承転結とかあまり関係ない感じ。
ワイヤーアクションで人がくるくる回る殺陣も、中国ならではのリアリズムなのかもしれない。
50年代のハリウッド史劇を模したかのように「大衆性/大群性」が物語のリアリズムを描き出す。
これは中国の映画が遅れているのではなく、中国ではまさにこれがリアルなんだろう。
コッポラが描いたベトナム以上の阿鼻叫喚が展開されたあとで、
こちらの物語では「王」は死なず、じわじわと毒を盛られ続けられる「歴史」という地獄が継続される。チベットで今まさに行われているように。
一年がかりでジワジワと、なんとなく面白かったっぽいイメージが固まっていて
それを証明するために再度鑑賞する。
未来を宿した少女を護衛する主人公、セオ・ファロスという登場人物の担っている役割とはなんなのか考える。
シニカルに、イデオロギー的なスタンスから距離を取るファロスというキャラクターの存在意義は、ストーリーテラーとして以外に見出せない時間が続き、紋切り型の白人男性の主人公としての価値しかないのかと思うが、最期までみて結局、なんだ当たり前すぎる役割だったのかと気付いて赤面する。
つまりところ人間が担うべき役割は、父親役か母親役かしかない。
自身の身体(子供)にのみ注意を払うべき母親と、家族の未来にのみ注意を払うべき父親。
再観ではあったが、結局同じ、ラスト20分で盛り上がり、声を上げて号泣するに至った
ニコラスケイジだと思って甘く観てたら、面白かった。
「ワイルド・アット・ハート」を観たときのような驚き。
(なぜニコラスケイジの深刻な顔を見ると笑ってしまうのだろうか。こびりついた三流映画の匂い)
世代間の相克や、過ぎ去りゆく時代の哀愁や、新しさの中にある恐怖や悲しみ。
この映画は、僕らがリアルに生きてきたはずの90年代の裏で、いつの間にか起こっていた世代交代・パラダイムチェンジについて描いていく。
武器を供給することで世界のバランスをとっていると真顔で話す、使命ある武器商人の時代は終わり、双方の陣営へただ売り続けるために武器を売る男の時代へ。
武器商人にとって、冷戦の終了とともに戦争の意味が消失したのだ。
またしても描かれるのは歴史の終わり。
歴史が終わったあとの戦場は、金色のカラシニコフを抱えて高級外車に美女をはべらせたアフリカの成金王子のための余興場に過ぎない。
映画としては、もう少し、主人公がビジネスを軌道に乗せる過程を見せたほうがよかったような。
原題は Der Untergang。
ドイツ語は分からないくせに、勝手に「Unter」=「Under」だろうとか思って、
「地下要塞」という意味なんだろうと脳内解釈して決め付けていたが、全然違った。
Der Untergangは、ドイツ語で「滅亡、失脚」の意味らしく、
地下要塞という表現も「総統地下壕」という用語が一般的らしい。
(原作を訳したさいのまちがいらしい。このへんはwikipedia情報から)
誤訳が意図的かと思えてくるほどに、映画で描かれるのはヒトラーとナチスの最期の日々。
狭く、細く、薄暗い「地下要塞」に立てこもった哀れな老人の末路。
外世界から隔離され、来るはずもない援軍を期待させ、国民や兵士が死んでいく(国が滅んでいく)現実を寄せ付けない要塞。
しつこいくらいにシンメトリックな構図(主観を意識したショット)で映し出される地下壕は、時に静謐で、時に笑いに満ちているが、その通路は最初から闇の中で行き止っている。
ヒトラーの狂気を凝縮した地下壕は、独裁者自身の心の要塞そのものだった。