原作は全く知らないが、ストーリーは大体想像がついていた。
そういうあらすじだし、それを隠すべくも無い予告編。
観客は、予め知っていた物語を、徐々に、再び知っていく過程として映画を観る。
主人公函南もまた、予め知っていた自分の運命と境遇を、徐々に再び知っていく。
物語は、淡々と、時間の止まったようなヨーロッパの田舎の景色の中で、 主人公が周りの人々から、一言一言真相を聞きだす過程として描かれる。
時の止まった地上とは対照的に空の上。
空と、空を飛ぶ飛行機のリアルなCGと、アニメ的に表現された人物の画調とのミスマッチが、リアルとトリックをブレンドして独自の世界を描き出す。
実は時系列すら渾沌としているのではないかと思わせる物語が進む地上、一方、空の上で繰り広げられるドッグ・ファイトは目が醒めるほどの迫真。
最後は戦闘機に空けられた、死を意味する弾痕だけがリアルに目に焼きついたまま映画は幕を閉じる。
演出手法とストーリーとが一体となり、映画に流れる空気感そのものが物語を語り始める。
誰かがこれは恋愛映画だと評したが、これは恋愛映画でもあり、青春映画でもあり、戦争映画でもある。良い映画はまさに分類不能。
(押井守作品って、カットによって人物の顔が別人のように描かれ、その統一感の無さがデメリットだと思っていたけれども、この作品については、意図してるかどうか不明だが、繰り返すキルドレの人生の不安定性を表しているようで、結果的に見事にはまっている)
映画館で観て、もう一度観たいと思ったのは久しぶりだなぁ。面白かった。
節々で出てくる新聞の見出しから状況を類推させるなど、大人の、目の肥えた観客を想定している。函南が「ティーチャー」に特攻する際の台詞も、字幕では「ティーチャーを撃墜する!」だったのだが、言葉では「kill my father!」(うろ覚え)だったりとか、色々と芸が細かい。
グレゴリーペック演じる主人公のイギリス人は、あくまで職業的な単調さでナバロン要塞の破壊を目指す。ミラー伍長という爆破のプロファッショナルとやりあうシーンが印象的。
「要塞を破壊して、それで戦争が終わるのか?」仲間を失い、幾多の危機を乗り越え、いざ要塞に乗り込もうというところで口論となる。
世界を巻き込んだ先の見えない戦争時代。皆が自問しながら目の前の自分の戦争を戦っていたんだろう。
クロニクルと題された、公開版・DC版を集めたものを観た。
以前に観た時はサイバーパンク趣味の世紀末的なSF映画だと思っていたが、 今回はもう少し深く見えた。
見た目も感情も人間と違わぬ(死を恐れ、赤い血を流し、友や恋人のために泣く)人造人間「レプリカント」が、地球に降り立つ。
「永く生きたい」という純粋に生物的な目的の彼等を狩る立場の主人公は、最後は逆にレプリカントに追われ、追い詰められる。
人類の死そのものを象徴するレプリカントに追われ、絶望の中で命からがら、しかし最後は一対の逃亡者の中に希望を見出すが、人間が人間に模したロボットを生み出し自ら追われ殺されていく光景は、やはり種族としての死を感じさせる。
期待してなかったが、案の定酷かった。
脚本参加した原作者含めて、クレジットの豪華さだけが見所。
60億円かけたやっつけ仕事。
原作が持っていたノスタルジアとか終末的雰囲気とかそれを凌駕しようとするロック・ミュージックのポジティブさとか、そういう、そもそも映像で伝え易いはずの空気感みたいなものは全く感じない。
初見だったけれども、4時間のうち最初の30分で話の筋が読めてしまったのは、 ストーリーの先を読むのがすごく苦手な自分ですらわかるほど単純という以上に、 この映画が他の映画に与えた影響の大きさを物語っていると思う。
静謐さに満ちて、慎重すぎるくらいに慎重に描かれる「かつて」の物語。
肝心の部分が直接描かれない落ち着かなさに見舞われて不安になり、 原作の20世紀少年やキングのITを読んだときに同じことを感じたと思い出し、 共通するストーリー上の仕掛けを鑑みると、 一度死んだ過去のうたかたをノスタルジックに思い出すというのは、 案外こんな気持ちなのかも知れないと思った。
ロマンを感じるというのは、所詮、断絶した過去の空虚さに過ぎないのかも知れない。