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	<title>bq:映画 &#187; 日本映画</title>
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		<title>サマーウォーズ</title>
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		<pubDate>Sat, 02 Oct 2010 22:53:29 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[日本映画]]></category>
		<category><![CDATA[仲里依紗]]></category>
		<category><![CDATA[神木隆之助]]></category>
		<category><![CDATA[細田守]]></category>

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		<description><![CDATA[人から人へ
親から子へ、祖母から孫へ、先祖から子孫へ
家族の食卓で、仮想空間で
すべてはコミュニケーション
言葉でつながっていく
暗号化されたコード：言葉を数字に変換しているにすぎないという象徴
共同体の中で伝えられつながれていくもの
受け継がれていくもの
危機の記憶
夏希はなぜPC部にバイト募集かけたのか。
架空の仮想空間
なぜアニメ→仮想と現実のボーダレス感と、さわやかさの演出？
祖母信仰　共同体のルーツへの盲目的信仰。
トラブルの原因（わびすけ）は共同体からはみだした存在。毛坊主？
共同体への回帰を契機として解決へと共闘する。
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		<title>バブルへGO!！タイムマシンはドラム式</title>
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		<pubDate>Sun, 08 Nov 2009 12:33:03 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[日本映画]]></category>
		<category><![CDATA[広末涼子]]></category>
		<category><![CDATA[薬師丸ひろ子]]></category>
		<category><![CDATA[阿部寛]]></category>

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		<description><![CDATA[ノスタルジアというのは、過ぎ去った過去に対して抱く感情だと思っていたが、
実は過ぎ去った過去にこうなればいいと思っていた未来という夢こそを懐古している。
失われた10年に失われた夢は、時が失われる前の時代に感情として付帯していた。
]]></description>
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		<title>ヱヴァンゲリオン新劇場版：破</title>
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		<pubDate>Thu, 16 Jul 2009 20:00:24 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[日本映画]]></category>
		<category><![CDATA[坂本真綾]]></category>
		<category><![CDATA[庵野秀明]]></category>
		<category><![CDATA[林原めぐみ]]></category>

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		<description><![CDATA[「思い出演出」は見るからに過剰で、過剰さで迷彩されているのは、恥ずかしいほどに率直な愛の言葉。
「破」がテレビ版と本質的に違うのはただ一点、その瞬間だけ。
それ以外は、描き直されたシーンも書き直されたプロットも形を変えた使徒も3号機に乗ることになったアスカや新キャラであるメガネ娘さえも、クライマックスに一言だけ付け加えられた言葉のもつ新しいメッセージをカモフラージュするデコイ、組み替えられた形状のパターンに過ぎない。
「来い！」
シンジが叫び、レイが応えて手を伸ばす。
この率直過ぎる愛の呼びかけとそれに対する応答こそが、唯一原作から付け加えられた本質的な変更ではないかと思う。
意図的に描き混ぜられた記憶のカオス。懐メロや、終わらない夏の情景が醸し出すノスタルジアが、この映画の時間軸が子の記憶と父の記憶との混線の上に成り立っていることを証明している。
父が担っていた「力」という役割は、覚醒を契機に子に引き継がれる。
未来を手繰り寄せる強引さとともに。
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		<title>ヱヴァンゲリオン新劇場版：序</title>
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		<pubDate>Wed, 29 Apr 2009 04:17:25 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[日本映画]]></category>
		<category><![CDATA[三石琴乃]]></category>
		<category><![CDATA[庵野秀明]]></category>

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		<description><![CDATA[10年経って、すっかり大人になった僕が感情移入したのは、葛城ミサトだった。
エヴァというと、ブームを起した際物扱いを受けている向きもあるかもしれないが、
改めて見ると、世代間の相克・葛藤が刻み込まれた、もの凄くストレートな人間ドラマだった。
そう考えると、NERFという組織の指揮系統（ゲンドウ→ミサト→シンジという流れ）は、
同一人物の進化の樹形図を見ているようでもあり、更に10年後、僕らはゲンドウに感情移入するようになることは想像に難くない。
確かに10年前、若く、世紀末独特の終息観に青春を晒していた僕らは、
現実の理不尽さや不条理さを、いかにもシンジ的な逃避行動で切り抜けていた。
「どうせ世界は終わりゆく」そんな感覚がどこかにあった。
しかし当然世界は終わらず、生き残って現実と向き合わなければならなかったこの10年を、ミサト的に戦ってきたように思う。
世紀末で終わっていたはずの世界に一人、ぬか喜びと自己嫌悪を繰り返しながら、歯を食いしばって生きてきた。
ミサトのカットが多めに描き足されているような気がしたのは、そんな贔屓目線があったからかもしれない。
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		<title>崖の上のポニョ</title>
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		<pubDate>Tue, 30 Sep 2008 17:24:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>fukumoto_bq</dc:creator>
				<category><![CDATA[日本映画]]></category>
		<category><![CDATA[宮崎駿]]></category>

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		<description><![CDATA[少年は、崖の上の隔離されたような家と、ふもとの（老人ホームが併設された）保育園とを往復する退屈な日々を送っている。
少年にとって、人間の住むこの世界は、死に行くイメージに満ちた世界。
止まった時、変わらぬ日常。老人と子供で構成された世界。戦い続ける父親は常に不在だ。
海は少年の夢であり、外界であり、希望であり、父のいる場所（自らが進む場所）。
その外界からやってきた「異形」の者=ポニョは、海と人間とのあいの子であり、ひたすらに変化し、進化・成長していく。
その原理は愛。
愛の力に満ちた少女と出会い、少年の世界がはじめて生命を帯び始める。少年は自分の船で海へと漕ぎ出すことができ、若い男たちが力を合わせて難民を導き、赤子を伴った夫婦が現れる。にわかに物語の世界は「生」のイメージで満たされ始める。
そして少年が、変化を続ける異形である少女を受け入れ、
母親の管轄する変化の無い無害な世界を離れていく予感の中で、
物語は哀愁に満ちたハッピーエンドを迎える。
クライマックス、海の母と少年の母が、静かに語り続ける後ろ姿の意味は、
そういう観点から主人公が少女では表現しえなかったのだと考えると、監督の丁寧な演出にひたすら感服せざるを得ない。
子供がどう観るのかは正直よくわからない。
子供を持つ母親のための、悲しくもリアルなメッセージ。
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		<title>スカイ・クロラ</title>
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		<pubDate>Sat, 27 Sep 2008 15:49:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>fukumoto_bq</dc:creator>
				<category><![CDATA[日本映画]]></category>
		<category><![CDATA[押井守]]></category>
		<category><![CDATA[栗山千明]]></category>
		<category><![CDATA[菊地凛子]]></category>
		<category><![CDATA[谷原章介]]></category>

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		<description><![CDATA[原作は全く知らないが、ストーリーは大体想像がついていた。
そういうあらすじだし、それを隠すべくも無い予告編。
観客は、予め知っていた物語を、徐々に、再び知っていく過程として映画を観る。
主人公函南もまた、予め知っていた自分の運命と境遇を、徐々に再び知っていく。
物語は、淡々と、時間の止まったようなヨーロッパの田舎の景色の中で、 主人公が周りの人々から、一言一言真相を聞きだす過程として描かれる。
時の止まった地上とは対照的に空の上。
空と、空を飛ぶ飛行機のリアルなCGと、アニメ的に表現された人物の画調とのミスマッチが、リアルとトリックをブレンドして独自の世界を描き出す。
実は時系列すら渾沌としているのではないかと思わせる物語が進む地上、一方、空の上で繰り広げられるドッグ・ファイトは目が醒めるほどの迫真。
最後は戦闘機に空けられた、死を意味する弾痕だけがリアルに目に焼きついたまま映画は幕を閉じる。
演出手法とストーリーとが一体となり、映画に流れる空気感そのものが物語を語り始める。
誰かがこれは恋愛映画だと評したが、これは恋愛映画でもあり、青春映画でもあり、戦争映画でもある。良い映画はまさに分類不能。
（押井守作品って、カットによって人物の顔が別人のように描かれ、その統一感の無さがデメリットだと思っていたけれども、この作品については、意図してるかどうか不明だが、繰り返すキルドレの人生の不安定性を表しているようで、結果的に見事にはまっている）
映画館で観て、もう一度観たいと思ったのは久しぶりだなぁ。面白かった。
節々で出てくる新聞の見出しから状況を類推させるなど、大人の、目の肥えた観客を想定している。函南が「ティーチャー」に特攻する際の台詞も、字幕では「ティーチャーを撃墜する！」だったのだが、言葉では「kill my father!」（うろ覚え）だったりとか、色々と芸が細かい。
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		<title>20世紀少年</title>
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		<pubDate>Wed, 17 Sep 2008 17:18:34 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[日本映画]]></category>
		<category><![CDATA[唐沢寿明]]></category>
		<category><![CDATA[堤幸彦]]></category>
		<category><![CDATA[浦沢直樹]]></category>
		<category><![CDATA[石橋蓮司]]></category>
		<category><![CDATA[豊川悦司]]></category>
		<category><![CDATA[香川照之]]></category>

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		<description><![CDATA[期待してなかったが、案の定酷かった。
脚本参加した原作者含めて、クレジットの豪華さだけが見所。
60億円かけたやっつけ仕事。
原作が持っていたノスタルジアとか終末的雰囲気とかそれを凌駕しようとするロック・ミュージックのポジティブさとか、そういう、そもそも映像で伝え易いはずの空気感みたいなものは全く感じない。
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		<title>GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊2.0</title>
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		<pubDate>Mon, 14 Jul 2008 14:07:16 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[日本映画]]></category>
		<category><![CDATA[押井守]]></category>

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		<description><![CDATA[HDリマスタリングして、
SE取り直して（6.1チャンネル）
一部台詞と声優変えて
一部カットをデジタルでリニューアルしたとのこと。
95年のオリジナル版はLDで初見。DVDも友人から半ば借りパクする形で今も手元にあって、何度となく観ているので、期待とともに映画館へ。
以下個人的感想（ネタバレ含む）。

リマスタリング→もともと綺麗なのでよくわからん。
SE取り直し→雨の音とか足音とか良い感じ。でも映画館効果なだけで今までと同じかも？もう一度ヘッドホンでオリジナル版を観て比べてみたい。6.1chなのも、前後左右入り乱れての大銃撃戦シーンとかは無いのであまり効果的に思えず。
銃声は詳しくないのでよくわからん。
台詞と声優の変更→地味な台詞や配役を修正していて、どういう意図があるのかわからなかった。権利的なものか？後半、少佐を旧市街に運ぶヘリのパイロットの台詞とか、外務大臣の台詞とかが微妙に変わってたり微妙な言い回しを録りなおしてたり。
前のバージョンが好きだったので、ちょっと残念。
人形使いは女声に。
オリジナルの女性擬体に男声というアンバランス（もしくは雌雄同体であるということ）が良かったような気がするが、新しい生命を産み出すもの＝メスという図式を明確にしたかったのか、
それとも素子と人形使いが「鏡写しのような似たもの同士」というメッセージを強調したかったのか。
人形使いの喋り方はちょっと感情こもりすぎて、個人的にはすごく違和感が。
デジタルカット→そこはCGにしなくても・・・というところをCGにしてたような・・・
海から浮上するシーンはまだ良いけれども、冒頭の光学迷彩で消えながら落下するシーンは、あまりモデリングが綺麗でないのもあって、劣化の方向性。
オープニングのクレジット部分とラストカットは、端々にインサートされるネットを飛び交う光のイメージと統一されていて、世界観を見事にまとめあげていた。
クライマックスの天使が降りてくるカットも、合わせて別の演出になっていた。

CG部分と描いている部分との使い分けにメッセージがあるのだろうか。
（しかし、アニメの制作工程がデジタル化させている今では、モデリングによるCGと、人が描いたものとの本質的な差異はますますなくなって来ているようだ。モデリングによって作家性を出せるのだとすれば、デジタルツールで「描く」こととの違いはツールと工程の違いでしかなくなるのではないだろうか）
全体的に、決定版とかディレクターズカット版とかでは全く無く、ブルーレイで再販したいメーカーのためだけのリニューアルの空気が漂う。
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		<title>犬、走る</title>
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		<pubDate>Tue, 11 Sep 2007 16:22:39 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[日本映画]]></category>
		<category><![CDATA[岸谷五郎]]></category>
		<category><![CDATA[松田優作]]></category>

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		<description><![CDATA[ずっと、松田優作原案で自分が主演を想定して温めていた企画だと思い込んでいたが、調べてみると違った。
しかし、新宿の街を松田優作が走る姿を想像すると、98年のこの新宿でもまだ、その様相はドラマチックだな。
「DOG RACE」という言葉の象徴も、岸谷五郎のインパクトも初見より弱く感じたが、最初の5分は実に素晴らしい。
「二日寝てねぇ」
犬は休み無く走らされる。
走りながら、休むことを熱望している時点で、既に犬。
走らされ続ける人生から逃れられない。
]]></description>
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		<title>Solid State Society</title>
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		<pubDate>Wed, 20 Jun 2007 14:46:10 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[日本映画]]></category>
		<category><![CDATA[押井守]]></category>
		<category><![CDATA[神山健二]]></category>

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		<description><![CDATA[押井守の模倣者であることを自己に課すことで、
自らと自らの作品がスタンドアローンコンプレックスであるという虚構を作り出した神山健二の「攻殻」第三弾。
90分の映画尺で、構成も劇場版を模しつつ、
押井の攻殻とイノセンスと原作とをデータベースにしたシミュラークル。
エンドロールの「監督　神山健二」の文字が控えめなネタばらしになっているという小賢しい構成。
話はよくまとっているが、何も残らない。
展開にも、映像にも、カタルシスは無い。 
]]></description>
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		<title>さらば箱舟</title>
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		<pubDate>Mon, 19 Feb 2007 13:40:09 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[日本映画]]></category>
		<category><![CDATA[三上博史]]></category>
		<category><![CDATA[原田芳雄]]></category>
		<category><![CDATA[天本英世]]></category>
		<category><![CDATA[寺山修司]]></category>
		<category><![CDATA[石橋蓮司]]></category>

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		<description><![CDATA[どんな社会問題も、突き詰めると『教育』に行き着き、教育とはつまり世代の問題で、親と子、先輩と後輩、過去と未来、受け継がれたり対立したりするそこにある葛藤こそが、映画が描くべき人間関係なんだろう。
現代という時代は、先祖代々受け継がれてきた村社会的な世代の継承（本家）を、その正当性のみを唯一の時間（時計）として制約し続けておかない限り、正しく継承されえない。
「百年の孤独」という話は、現代という時代の中で地域コミュニティが崩壊していく様を描いていたのかと、百年～を原作としたという「さらば箱舟」を観て気付いた。 
]]></description>
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		<title>吉原炎上</title>
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		<pubDate>Tue, 09 Jan 2007 15:57:18 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[日本映画]]></category>
		<category><![CDATA[中島貞夫]]></category>
		<category><![CDATA[五社英雄]]></category>
		<category><![CDATA[名取裕子]]></category>
		<category><![CDATA[根津甚八]]></category>
		<category><![CDATA[竹中直人]]></category>
		<category><![CDATA[緒形拳]]></category>

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		<description><![CDATA[「このお金、花魁道中で使わせてください・・・」
そう言う時の名取裕子の、ちょっと端が上がった唇が素晴らしい。
音楽が素晴らしい。
今日的感覚で言うと、序盤もっと苛められてもよかったかなとか、若旦那ももっと記号的で良いのではないか、とか思ったりはするが。
2月に映画化される「さくらん」はコレを超えられるだろうか。たぶん超えられないだろうな。蜷川実花が意気込んで使用した金魚のモチーフも、まんま吉原炎上で使っているし。
椎名林檎が音楽をやるが、きっとコレの音楽も、超えられないんじゃないか。
]]></description>
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		<title>69</title>
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		<pubDate>Mon, 04 Dec 2006 15:59:05 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[日本映画]]></category>
		<category><![CDATA[妻夫木聡]]></category>
		<category><![CDATA[村上龍]]></category>

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		<description><![CDATA[村上龍原作、妻夫木聡主演の「６９年もの」
１９６９年というのは、どう切っても面白くなるモチーフだと思い込んでいたが、駄目な場合もあるらしい。
キャラが軽すぎる。
たぶん、脚本のせい。
]]></description>
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		<title>スイングガールズ</title>
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		<pubDate>Sun, 12 Nov 2006 18:40:10 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[日本映画]]></category>
		<category><![CDATA[上野樹里]]></category>
		<category><![CDATA[矢口史靖]]></category>

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		<description><![CDATA[「ジャズやるべ！」
CMだか予告編だかで聴いたこのフレーズは
本編の中には無かった。
カットになったか、あるいは告知用に収録したのか
いずれにしても素晴らしいチョイス。
なんかジャズやりたくなる（もちろん上野樹里と）。
無邪気に影響される。そんな感じ。
]]></description>
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		<title>レイクサイドマーダーケース</title>
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		<pubDate>Thu, 02 Nov 2006 16:19:07 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[日本映画]]></category>
		<category><![CDATA[役所広司]]></category>
		<category><![CDATA[東野圭吾]]></category>
		<category><![CDATA[豊川悦司]]></category>
		<category><![CDATA[青山真治]]></category>

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		<description><![CDATA[青山真治監督。東野圭吾原作。
芝居っぽい撮り方なんだけど、ちゃんと映画してる。
この監督が連続テレビドラマとか撮ったら良いの作りそうな。 
]]></description>
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