ヱヴァンゲリオン新劇場版:序
10年経って、すっかり大人になった僕が感情移入したのは、葛城ミサトだった。
エヴァというと、ブームを起した際物扱いを受けている向きもあるかもしれないが、
改めて見ると、世代間の相克・葛藤が刻み込まれた、もの凄くストレートな人間ドラマだった。
そう考えると、NERFという組織の指揮系統(ゲンドウ→ミサト→シンジという流れ)は、
同一人物の進化の樹形図を見ているようでもあり、更に10年後、僕らはゲンドウに感情移入するようになることは想像に難くない。
確かに10年前、若く、世紀末独特の終息観に青春を晒していた僕らは、
現実の理不尽さや不条理さを、いかにもシンジ的な逃避行動で切り抜けていた。
「どうせ世界は終わりゆく」そんな感覚がどこかにあった。
しかし当然世界は終わらず、生き残って現実と向き合わなければならなかったこの10年を、ミサト的に戦ってきたように思う。
世紀末で終わっていたはずの世界に一人、ぬか喜びと自己嫌悪を繰り返しながら、歯を食いしばって生きてきた。
ミサトのカットが多めに描き足されているような気がしたのは、そんな贔屓目線があったからかもしれない。

